緊急承認された初の国産新型コロナ治療薬 「ゾコーバ」の今後について

  塩野義製薬の「ゾコーバ」が、2022年11月22日に緊急承認され、早くも同28日から本格的に供給が始まったと報じられている。筆者の現時点での見解を述べたい。

 1.本薬の緊急承認に関して報道されている2つの意見

 本薬については、大きく分けて、

1)供給不安の少ない国産であり、治療の選択肢が増えるのは良いことである;今まで国内で用いることができた経口薬2剤(MSDのラゲブリオとファイザーのパキロビッド)は、オミクロン株に対して試験されていないが、今回の臨床試験はオミクロン株を対象としている;先の2剤はいずれも、60・61歳以上や肥満等の重症化リスク因子を1つ以上有する人が投与対象だが、本剤にはそのような制限がないこと などの理由から好意的にみる意見と

2)症状発現後、72時間(3日)以内に服用しなればならず(先の2剤は5日以内)、効果はオミクロン株流行期に国内で共通してみられる特徴的な5症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、けん怠感 (疲労感))を約1日早く回復させるもので、先の2剤で示された入院または死亡を有意に減少させる効果は示されていない;妊娠または妊娠している可能性のある女性には使えない(ラゲブリオは同様だが、パキロビッドは「
妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危
険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。」とされ、使用はできる);36種類の医薬品等を服用している人には投与できない(パキロビッドはやはり、40種の医薬品等を服用している人には投与できないが、ラゲブリオにはそのような制限はない) などの理由から、あまり積極的に評価しない意見の2つに分かれるようである。

 2.本薬の今後について

 1日早く症状が回復するのは、インフルエンザに対するタミフルの効果と同等である。新型コロナが世界を席巻する前、タミフルは世界でも日本が7~8割を消費していると言われていたが、ゾコーバについても同様のことが起きる可能性は少なくないと、筆者は考える。一般に、インフルエンザに罹った場合でも、欧米では投薬は少なく(多分、重症化のリスクが高い人には投薬されるのではないか)、通常は休みをとって家で寝ていれば治るとされると聞く。日本人はどうも、医療機関に行くと、何かもらって帰らないと損をすると思っているらしい。ただし、感染症法上(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の分類が最近言われているように、二類から五類に変更され、自己負担が発生すれば、ゾコーバだけで約3万円と報道されているので、これは流石に処方されないだろう。

 ここで思い出すのは白内障治療薬「ピレノキシン(前商品名 カリーユニ)」に関する2003年の報道である。2003年6月の読売新聞によると、厚生労働省研究班が白内障治療指針をまとめ、手術を主要な治療に位置付ける一方、広く使われる目薬などには「効果に関する十分な科学的根拠がない」(先進諸国では行われていない)とした。しかし、本薬は40年以上前に認可され、広く使われている。指針では現場への影響に”配慮”し、「・・・投与を考慮しても良いが、十分な科学的な根拠がないため、十分なインフォームドコンセントを得た上で使用することが望ましい」とされている。なお、本薬は今でも使用されているが、添付文書には臨床成績に関する記載はない。このような国であるので、タミフルと同様に、日本では「国産」ということもあり、広く使われる可能性がある。

 また、治験が日本のほか、韓国とベトナムで行われたとのことなので、アジア諸国でも用いられる可能性がある。報道では、日本のほか、中国、米国で生産を計画し、韓国、中国、米国、欧州で承認取得を目指している(2022年11月22日 産経新聞)とされている。開発企業にとっては、国中で不満が大きいと報じられているゼロコロナ政策をとっており、市場も大きい中国での承認・販売に自然と関心が向くが、中国国内の大きな混乱が報じられており、全く予想はつかない。

 ここまで書いて来て、業界紙の報道で知ったのだが、11/22の審議会資料(資料№1、審査報告書(3), 2022年11月15日付け)を見てみると、約1日早く症状が回復する(第Ⅲ相、2022 年8 月データカットオフ、速報値)のは、日本人のほか、韓国・ベトナムで行われた試験への参加者(人種は書いていないが、韓国人・ベトナム人が殆どと考えるのが妥当だろう)全員を合わせた第Ⅲ相試験結果で、日本人のみ(本薬375/125mg群, 750/250mg群, プラセボ群合わせて 496人, なお、全体では986人なので、日本人比率は50.3%である)では、その早く回復する時間は6.3時間と大きく減細かくなるが、全症例での約1日早くなるのは375/125mg群とプラセボを比べた結果で、それは日本人での6.3時間という差もそうである。高用量群(750/250mg群は、第Ⅱb相パートの結果から、低高用量間で有効性に明確な差がないことなどから、有効性の検討対象から外されている) とプラセボ群を比べると、全体では症状回復時間は21時間早くなるのに比べ、日本人では20.5時間と差はなくなる。この違いの大きな要因は、低用量群では症状回復までの時間に全体と日本人群との間に大きな違いはないのに、高用量群とプラセボ群の双方で、日本人群の方が約20時間、回復時間が短くなっていることである(詳しくは、同審査報告書の表5を参照されたい)。

  審査報告書のp12でには上の点などについて「現時点で、一定の考察ができる可能性はあると考えるものの、評価・考察を行うための情報には限りがあることから・・・改めて評価する 必要がある。」とされている。また、このように有効性の解釈が難しい段階で緊急承認したからこそ、最初の[審査結果]のところに、「・・・有効性に関する追加解析等によって、推定された本剤の有効性の妥当性を再検討し、その結果に応じて製造販売承認の見直しを含めた適切な対応を取る必要があると考える。」と記載されたのであろう(1年以内とされている)。

 一方、米欧での使用はかなり難しいだろう。というのも、これらの国では少なくともオミクロン株の感染下では、一般国民の多くは新型コロナは最早、さほど危険な感染症とは認識しておらず、米国バイデン大統領の呼びかけにも関わらず、同国でのブ-スター接種の接種率はわずか11%に止まっていると報道されている(2022.11.23 朝日新聞)。 一方、日本の官邸ウェブサイト(11月29日発表)によると、オミクロン株対応ワクチン接種率は全体で17.9%(4日間で2.4%の増加)、高齢者に限れば25.2%(4日間で4.増加)である。

 また、最初に紹介した2)の積極的な評価をしないとの意見をネット上で表明した数人の臨床家は、「先の2剤で示された入院または死亡を有意に減少させる効果は示されていない」と理由の一部を述べていた。上の審査報告書(3)では、「症例登録期間に実施国で認められたSARS-CoV-2 は、主にBA.1、BA.2 及びBA.5 であった」とあるが、主要評価対象集団において「Day 28 時点(投薬開始がDay 1)で、いずれの投与群においても死亡又は入院していた被験者は認められなかった」とあるので、死亡・入院を減少させる効果は測りようがないのである。

3. 審議時間について

 多くの記事・報道で指摘されているように、11月22日の審議時間が短く、重要な議題の割には、いつもの2時間という「予定調和」を連想させるような時間で終わってしまった。今後は、米FDAのAdvisory Committeeまでいかなくとも、EMAのCHMP(ヒト医薬品委員会、非公開ではあるが、1品目の審議にもっと時間をかけている。例えば、2022年11月の4日間の会議の審議結果は、新薬1、バイオシミラー・ジェネリック3の好意的意見、効能追加13、申請撤回2であった)のように、重要な議題の時は長く時間をかけるべきだろう。米欧でできて日本でできない理由は思いつかないし、それなしでは、日本の審査・審議の質向上は求めがたいと思う。

4.日本感染症学会等の動き

 今回奇異に感じたことに、日本感染症学会等の動きがある。ご存じのように、7月20日の審議の際は、COIとの批判を受けながらも、治験に関わった四栁理事長らが同薬を評価する意見を述べるなど、かなり積極的に動いた。また、9月2日には、日本化学療法学会とともに加藤厚労相に緊急承認を求める提言を提出している。その理由としては、「重症化リスク因子のない患者等に使うことができ、医療崩壊を避けることができる」 、「オミクロン株の流行下では抗ウイルス効果を重視すべき」などをあげたと報じられている。

 11月22日に本薬が緊急承認されると、新型コロナに対する薬物治療に対するガイドラインを改訂し、同学会websiteに24日に公表した。その内容は、一転ゾコーバに対する評価を変えたように見えるもので、その3.抗ウイルス薬等の対象と開始のタイミングでは、5つの参考基準を示し、その1では「軽症例の大半は自然治癒するため、各薬剤の適応に従い、重症化リスクが高い場合に薬物治療を検討する。・・・尚、軽症例での薬物治療の適応がある場合には、感染病態及び薬理作用の観点等からも、感染または発症から早期の治療開始が望ましく、患者背景を十分に考慮して使用すること」3では「一般に、重症化リスク因子のない軽症例の多くは自然に改善することを念頭に、対症療法で経過を見ることができることから、エンシトレルビル(筆者注:ゾコーバ)等、重症化リスク因子のない軽症~中等症の患者に投与可能な症状を軽減する効果のある抗ウイルス薬については、症状を考慮した上で投与を判断すべきである。・・・」とされている。

 そして、その「患者背景や症状を考慮した上で」については、4.抗ウイルス薬等の選択のゾコーバ錠の投与上の注意点 1)において、「・・・臨床試験における成績等を踏まえ、高熱・強い咳症状・強い咽頭痛などの臨床症状がある者に処方を検討すること。また、本剤の処方の対象者に関しては、今後の臨床試験等の結果も踏まえた検討が必要となる。」 とされている。

 筆者は、11月22日改訂後のガイドラインの記載が、現在まで得られているゾコーバの知見から見てより相当と考え、7月20日の理事長等の動きや9月2日の大臣宛提言の方が、奇異に思う。7月あるいは9月の時点から、11月の時点で感染状況などが大きく変わったのだろうか。7月20日時点ではPCR検査陽性者数は約15万人で右上がりの状況にあり、お盆の頃にピークを迎え(ピーク時、8月19日陽性者数約26万人)、9月2日時点では減少傾向にあり、陽性者数は約13万人であった。11月22日現在は、徐々に右上がりの傾向にあり、陽性者数は約12万人であった。あまりそうとも思えない。不思議である。

 5.まとめ

 以上書いてきたたように、7月20日の審議会の際に現れていたように感じるが、事務局側(本省)と政治サイドは、 7月の時点で緊急承認を欲していたのではないか。それが、PMDAの厳しい(国際的には極めて順当と筆者は考えるが)審査報告書と理事長や統計専門家の厳しい意見により、Ⅲ相の結果を待つとなった。11月に提出された第Ⅲ相の速報値は、正に「綱渡り」のようなデータで、何とか緊急承認が認められたが、1年以内の本承認の見込みは全く見えない(法律上は、3年まで延長可能だが)。薬機法第74条の2の承認の取消し等の規定(法文に)により、承認を取り消されることも十分にあると考えている。

 なお、日本の緊急承認制度では、有効性は「推定」でよいとされているが、米欧の同様の制度の運用では、少なくとも本感染症治療薬に関しては「有効性推定」のような基準で、使用は 認めていないと考える。

 今まで散々見られてきた新型コロナに対する国産ワクチン開発やアビガン、イベルメクチンといった国産品への執着が過ぎると、日本の薬事規制への国際的評価がさらに悪化しかねないことを心配している。米国では前FDA長官が前大統領の圧力に屈して緊急使用許可(EUA)を乱発し、党派を問わず元FDA長官からの批判を受けたが、本丸の新型コロナに対するワクチンのEUAについては、2020年11月上旬の大統領選挙前の緊急使用許可(EUA)の発出を阻止することに何とか成功した。このような自浄作用が日本で働くか注目している。

 

 

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