日本の薬事規制の現在と将来-その様々な影響について考える(2)-民間の声を聞かない、国民のためにならない薬事規制
1.民間の声を聞かない薬事規制
1886年(明治19年)に発布され、翌年に施行された日本薬局方がまた、迷走している。せっかく、昨年の薬機法改正(第56条第1号。今年5月1日から施行)で日局に適合しないものでも審査により承認する道が開かれたが、その詳細を示した2026年4月24日の医薬品審査管理課長/ 監視指導・麻薬対策課長連名通知 「日本薬局方に収められている医薬品に係る取扱いの見直しについて」の内容は、民間の製販・製造業者からは大きな失望をもって受け止められたに違いない。何せ、23年~24年に当時の城 克文医薬局長下で開催されたいわゆる「薬機規制のあり方検討会」で、製薬協は明確に「米欧薬局方の使用を求め」、日薬連でさえ「日米欧薬局方の完全調和」を求めていたのだから。
なお、日薬連の「完全調和」(これは現 製薬協専務理事の吉田 易範氏が医薬品審査管理課長時代、CPhI での講演で触れたのと一致する)は、少しでも日本も参加するPDG(薬局方国際調和会議)での議論を聞いたことのある人間ならば、即座に、比較的近いと言われる「米・欧薬局方間でも全く実現の可能性のない暴論」と判断できる。それでは何故そんな暴論を日薬連が主張したのか? その理由は、一部のネット上で日本が世界に輸出しているとも揶揄される「忖度(SONTAKU と言うらしい)」以外の何物でもない。
その通知ではそもそも「限定出荷または供給停止になった場合またはそのおそれのある場合」に適用が限られているが、最後の方に「引き続き、日本薬局方へ適合しない品目の承認を維持しようとする場合には、その原薬・製剤の日局への収載要望の提出や原案作成への協力が求められる。 本通知を利用した申請の添付資料において、いずれの対応を予定しているか説明
すること」とあり、私流の言い方では「やれるものならやってみるがいい」と厚労省医薬局や国立医薬品食品衛生研究所が言っているとなる。
しかもご丁寧なことに、上の通知に先んずる4月9日には医薬品審査管理課長通知「医薬品製造販売承認申請書における国内公定書未収載の添加剤に係る記載について」が出され、申請の添付資料は同じながら簡略記載で少し前進かと思ったら、最後の方にやはり「添加剤の簡略記載を希望する製販業者には、日局・局外規(古いが生きている)・医薬品添加物規格への新規収載要望の提出・原案作成への協力、またはその添加剤製造者や添加剤関連団体に対して国内公定書への新規収載要望の提出要請・原案作成への協力要請を行うことが求められる」とある。
本当に薬事規制は「わかってないなあ」「日局やひいては日本の製薬産業や国民のことを本当に考えているのか」「誰がこの制度を利用するのか」との疑問が噴出し、止まらない。
2.不満の理由
日本薬局方のことを少しでも知っている人なら、米欧薬局方と比べて非常に少ないリソースで運営されていることに疑いは持たない。米欧薬局方が有する独自のラボ機能を持たず、それ故「各条(モノグラフ)」においては民間の製販・製造業者にほぼ全面的に依存している。従って、欧米薬局方にない、「薬価制度」を利用して日局の活性化につなげようという発想が出て来る。日本の製薬関連業界が「熱烈に」日本薬局方の活性化を望むのであれば、そのような手法は必要ないと言える。
今では30年以上経ってしまったが、バブル崩壊期までは"Japan as Number One”の背骨を構成して来たとの印象がある「日本工業規格(JIS)(現 日本産業規格)」が、95年(31年前)の「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」の発効とともにISO等に準ずることが定められた。いわゆる「翻訳JIS」と言われ始めたこと(各国特有の変更は許容される)に、製薬産業ではない全産業分野の「先見の明」を見るといったら言い過ぎだろうか(日局でも生薬各条などはキープすべきだろう)。
4月14日付けのブログで佐藤(大)審議官が「薬害の歴史を挙げたこと」を批判したが、「人の生命に直結する医薬品規制だから別」との論は全く理由にならない(ISOに大幅に依拠する医療機器を見よ)。それならば、先に挙げた製薬協の意見は当局から大反発を招きそうだが、そのようなことは全く聞かない。「法律で決まっているから日本薬局方に従えと決まっている」とのトートロジー(同語反復)以外の理由は、聞いたことがない。それは何故か。はっきり言うと、米欧薬局方に比べて日本薬局方が「劣っている」からに相違ない(優れている点が皆無ではないかも知れないが、悲しいかな、それを国際的に主張することもできない)。
個々の関係者の力量(レギュラトリーサイエンスに重要な英語コミュニケーション能力は敢えて措いておく)が押しなべて「劣っている」とは言っていない。あれだけのリソースで、しかも最近の品質関係のICHガイドラインへの日本の貢献を見ればよくわかるように(貢献ゼロとは言っていない)、(敢えて言うが)日本のレギュラトリーサイエンスのレベルの比較的な低さであれば、致し方ないとも言えるだろう。
そのような状況下、先の二つの通知(改正後の薬機法本文ではなく)には、日本の米国軍主体の占領下での言葉だが「逆コース」という言葉がぴったりする。先に挙げた「日本の製薬産業や国民のことを本当に考えているのか」の理由は、4/14でのBLOGでも指摘したが、「展望が全く示されていないこと」にある。
例えば、4月10日に告示された第19改正日本薬局方であるが、目玉とも言える「ダパグリフロジンプロピレングリコール水和物」や「ダパグリフロジンプロピレングリコール錠」(先発品はフォシーガ。SGL2阻害剤でよく売れている糖尿病薬)について、液クロに関する規定は国際調和法であり、クロマト条件の調整については国際基準(=米欧薬局方)に合わせて詳細な記載を求めている(今回は軽微届出で可。将来は不明)。溶液の調製についても国際標準(=米欧薬局方)の「調製溶液等の最終濃度」で記載されているが、「CTD の第2部に溶液調製手順の概要等、規格及び試験方法の適切性を判断するために必要な程度の詳細を記載し、同第3部に具体的な溶液の調製法が適切と判断した根拠データを添付する」とある。
続いて、「ただし、従来のような細かな調製法(筆者注:〇〇 △グラムを×× □ミリリットルに溶かす・・・)はPMDAウェッブサイトに記載され、そのとおり調製した場合は『その他留意事項等(2)溶液の調製操作』を根拠に代えることができるとされている。
また、「通則39と一般試験法〈9.62〉計量器・用器の取扱いについて」についても、米欧薬局方に何年遅れているのかはわからないが「国際標準化」を規定していると考えており、「『精密に量る』場合においては、通則39 に基づき、±10%の範囲で要求される有効数字の桁数を維持する方法を求める。また、一般試験法〈9.62〉計量器・用器『はかり(天秤)及び分銅』において、規格値への適否を判定するにあたり、測定した数値のどの桁で判断するべきかについて、有効桁数の考え方を示した。なお、使用者には、試験の目的に応じた性能を有する天秤の使用が期待される(筆者注:特例の5年間の経過措置期間はあっても)」とある。(以上は、4月10日付け医薬品審査管理課長通知「第十九改正日本薬局方の制定に伴う医薬品製造販売承認申請等の取扱いについて」による)
これでは「日本薬局方の本質は最早『翻訳 米欧薬局方』」と言っても遠くはないと考える。ここで大事なのは、主に中小企業のための「劇変を避ける措置」であるが、逆に言うと、「激変緩和措置が続き過ぎると、日本の製薬産業の国際化はそれだけ遅れる」ことになる。だから、このような「逆コース」を展望もなく続けるのではなく、まず米欧薬局方の使用を認め、そして日本薬局方の将来について議論を深めるべきであると主張するのである。
3.国民のためにならない薬事規制
このように薬局方だけを見ても、これは「製薬産業や国民全体のことを考えている」 というより、「一部の国際情勢を知らない薬学関係者の既得権益を守るだけの物」と言っても過言ではないと考える。
「薬害の歴史がある」と言って、PMDA の審査能力の向上に展望を示せず、かといって米欧の審査実績に対するリライアンス(その承認内容に大幅に、そして正式に依拠すること。EUを離脱した、言葉のせいもあるが日本よりはレギュラトリーサイエンスが遥かに進んでいる英国では熱心に取り組んでいると考えている) についての見通しも示せない「情けない薬事規制」のために、製薬産業や国民全体に非常な悪影響を及ぼしていると言うと、言い過ぎであろうか。それとも、現方針の方が国民のためと言うのだろうか。
特に外資系製薬会社のCMCの人達はこれらの悪影響(一部の当局者の、制約のある環境下での努力は否定するものではないが)をよく知っていると、筆者は考えている。しかし、非常に直截的な言い方で予め謝っておくが、自身の生活を維持することの重要性に囚われて、日本全体の将来にとてつもない悪影響を与える薬事規制を前に「抗議の声も上げられない」現状を、私はやはり憂えてしまうのである。
時はあたかも「百年に一度の激変の時」である。日本語では坂巻 弘之氏が主宰する(一社)医薬政策企画 P-Cubed しか取り上げていないかも知れないが(https://www.pcubed.jp/medicine/20260506-7134/)、そこでは「中国の厳格な新たなサプライチェーン規制が欧米バイオ製薬企業に与える影響(筆者注:バイオ・製薬 と・を付すべきと思う)」という米業界誌大手のSTATの5月4日付けの記事を紹介している。なお、日本は無影響という訳では勿論なく、むしろ現状、欧米より弱い可能性も大きいとも言い得る。
上のサイトの概要紹介では「新法(国務院令第834号)が、外国企業の事業判断が中国の供給網に影響を与える場合、調査や制裁を可能とする強力な法的枠組みで、特に、供給先変更(例:原薬(Active Pharmaceutical Ingredient:API)の中国から他国への切替)や、GMP 関連などの(注:GMP 以降は筆者が付け加えた)監査・情報収集行為が違法とみなされ得る点が問題視されている」とある。
同記事は元香港立法会メンバーによるもので、「挑発でなく準備の段階」としているが、「施行の段階に至れば既に手遅れ」と自身の経験を元に説いている(厚労省の供給担当は今後も忙しい時が続くのだろう)。
一方、現在EUで安定供給を目指して最終化が進んでいる「重要(Critical)医薬品法」では、中国やインドなどの供給業者への依存を減らし、域内の製造能力を強化することを目的とし、「域内製造品購入」へのアプローチを強化している(ロイター, https://www.reuters.com/sustainability/boards-policy-regulation/eu-reaches-provisional-deal-address-shortage-essential-medicines-2026-05-12/)。
4月のCPhIの際にもイタリアの原薬メーカーの人達から、日本の「医薬品供給網のグローバル供給網への統合の推進」や「供給元の多角化」のために、日本の医薬品品質規制の一層のグローバル化、すなわち、欧米にあるようなガイダンス類の発出(一変/ 軽微等の分類を含む)や厳格過ぎる規制への注文が熱心に語られた。それなのに薬局方の「逆コース」である。
私が問題視している「承認書と生産実態の一致」、これは米欧では「CTD と生産実態との一致」になるが、これについてイタリアではないがドイツの原薬メーカーの人と話す機会があった。彼女の説明は、米FDAはそれを求めるが、欧州では求めないとのことであった。欧州ではICH品質ガイドラインにいう「重要な(critical)」が当局が重視する点であると、筆者は理解した。なお、欧州はもちろん米FDAでさえ、CTD の内容が生産実態と一致しないからと言って、行政処分やまして回収など非常識な措置はとっていないという。日本でも、「ICH 品質ガイドラインにいう『重要な(critical)』が当局が重視する点」とのガイダンスやメッセージを一刻も早く出すべきではないか。PMDA の中堅幹部が「誤字やちょっとした機器などの寸法の違い」は「逸脱や不一致に当たらない」とは言っても、公文で明確に体系的に示されていない、民間業者からは「闇試合」とも言えるような現状は、解消すべきだ。
CTD と承認書の違いはあるが、同じような方針をとっているという米FDAは、食品衛生やたたばこなど、日本の医薬局やPMDAより所掌範囲は広いが職員は2万人いるという。同じような規制手法は日本にはなじまず、欧州をお手本にすべきと考える。
4.最近気になる規制等に関する事項(箇条書き)
1)後発品メーカーを中心に生産・品質管理等の人員採用が増えているが、これには品質過剰規制の悪影響はないのか。また、沢井製薬(など)の生産計画未達が報じられているが、これに過剰な「承認書と生産実態の一致」を求める規制の悪影響はないのか。
2)5月18日の日経バイオテク・オンラインにおいて、AMED事業内の「人工知能の医薬品品質分野への活用に関する研究」における検討状況が PMDA 松田上級スペシャリスト等によって紹介されていた。筆者はその内容をやはり、4月のCPhIで聞いていた。
国内の関係者のみならず、米FDAや欧州のEMAからもその検討結果のドラフトに対して意見を求めるなど、意欲的な取り組みと認められる。しかし、検討時期の違いはあるが、FDAとEMAが合同で検討した内容をmodifyしたり、新たな要素を付け加えたりと、これらが今後、また「日本独自規制」にならないかとひどく心配になった。いつになったら、最初からグローバルな検討に加わることができるのだろうか。先述のように中国の立場は西側諸国のそれとは大幅に異なるが、中国のポジションが特に最近、気になっている。
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