日本の医薬品セクターの現在と将来(3)-もはや「国際化」しかないのではないか-

1.5月22日の栄木 憲和氏の講演

 幕張メッセで去る5月20~22日に開催された「インターフェックス」中の22日(金)に、エイキ コンサルティング プレジデント(元バイエル薬品代表取締役社長・取締役会長)の栄木 憲和氏の講演「『失われた10年』の終焉 ~日本発バイオファーマ創出3つの戦略~」を聞く機会に恵まれた。手許に資料はなく、メモと記憶頼みではあるが、私は標題にあるように「もはや『国際化』(=英語人材の強化)しかないのではないか」と強く感じたので、私の理解した同氏の講演の概要と感じたところを記し、関心のある方々のご参考に供したいと思う。

 同氏は最近の通説とは異なり、日本は創薬に魅力的な場所」と述べた。2026年のマッキンゼーの報告が由来と理解したが、世界の販売額上位の医薬品に占める由来国では米国に次ぐ地位をキープと頑張っているとした(私はエンハーツやオプジーボなどと考えた。ただし、「由来国」の定義は不明)。

 なお、同じインターフェックスでその2日前に中外製薬の元上席執行役員製薬管掌を務められ、現在Renzoku Biologics 株式会社の代表取締役社長などを務める久保庭 均氏の講演を聞く機会があったが、同講演中で、「創薬」という言葉は、「製薬」しかなかった1964年の日本で、後にサントリー専務や山之内製薬(現・アステラス製薬)副社長、東邦大教授などを務めることとなり「バイオテクノロジーの巨星」などと称えられる野口 照久氏が創った言葉であると聞き、大いに勉強になった。

 さて、栄木氏は米国在住の立場で、日本のアカデミアやスタートアップが米国に来て、バイオベンチャーなどにアイデアなどを検討して欲しいと言うが、継続力がなく、すなわち、次に米国に来るのは1年後などというケースが多く、それでは存在感が薄く、米国側でも検討しない、費用はかかるが米国にオフィスを構えるなど「インサイダー」にならないといけないと強調した。また、「日本国内だけでは」もはやバイオベンチャーなどの創薬は立ち行かないとした。また、講演のタイトルにいう3つの戦略の1つは「人材・資金の国際水準化」で、「米国に拠点を構え、世界から(津田注:情報等を)集めて世界で戦う!」とした。

 そして日本がとるべき政策として、「AI創薬のための基金」「希少疾患薬の(米FDAが持つ)ブレイクスルー制度の創設」などと並んで「バイオの製造基盤強化」を挙げた。これには少なくとも今年も何らかの新政策が出されるだろうが、ハードより問題は人材である。これに関しては同氏は口頭で説明はしなかったが、プレゼン資料には「CMC 人材の特例ビザ制度」とあった。 これと全く同じではないかも知れないが、以前バイオインダストリー協会のある会合でも、外国人材の活用に特化した議論をしていたと記憶している。

  「国際化」についてはまた、日本企業では第一三共・小野薬品・日本新薬の三社が米国に50人超の日本人社員を擁していると特筆し、他企業は数人?というところが多いとした。日本人のグローバル人材を育てるには「奨学金制度」があればよいとし、経営・薬事などなど幅広い領域においてグローバル人材が必要と強調した。その一つの理由として、米欧社会では「個人ネットワークが強い」ことを挙げた。

 また、同氏の最近の持論と私は思っているが、「日本の薬価」を問題にするのではなく、むしろ成長を議論する」ことが肝要とした。「薬価が低いからと言って、研究者は研究を止めるでしょうか」と同氏は言ったと記憶している。同時に同氏は目先の、短期的な利益ではなく、パイプラインは10年の利益率を問題にすべきであり、日本の市場の魅力があることを前提に「新製品が出せればよい」と述べた。

 また同氏は(私にとっては初耳であったが)「NPV(Net Patient Value)」という用語、これは日本語では医薬品開発の「患者価値」というらしいが、それを論じた。これは(製薬企業サイドから見たと理解した)一人の患者当たりの価値、すなわち、一人当たりの患者にその薬剤で治療を施すことから得られる利益などから、要する費用などを差し引いた値である。同氏によると、この値は米国と日本でほぼ一緒であり、この際、薬価だけでなく、かかる費用も勘案すべきとの説と私は理解した。

  両国を比べると、日本では保険償還のスピードは世界一と言えるほど早く、また患者のadherenceに大きな違いがある(日本の患者は良く、米国の患者はその半分程度?とかなり悪い)。また米国では薬価はクリアでない。広告費もDTC(Direct-to-Consumer)広告が許されているとあってかなりかかるとのことと理解した。

 2.栄木氏の講演から感じたところ-創薬から規制、人材育成-

  私の理解するところ、同氏は創薬のためには米国(など)のインサイダーになるべきであり、米国に拠点を作ったり、(金銭面では大変ではあるが)頻繁に米国を訪問し、関係者に会うなどの方策が重要であるとクリアに話した。

 薬事規制の強化や先の5月21日公開のBLOGでも書いたように、日本国民に真に資する一層の規制の国際整合化のためには、私は米欧の規制当局のカウンターパートと頻繫に、細かい運用の点まで話し合えるような環境を作ることが最善と、強く思っている。これは、(努力にもかかわらず)遅々として進んでいないと思われる、変更管理の国際整合化や2005年2月10日付けの「医薬品等の製造販売承認申請書記載事項に関する指針」(審査管理課長通知)の見直し、その他、2016年頃から比較的最近まで続いた「野を焼き尽くす(悪い)業火」のように日本の医薬品関係者を苦しめて来た承認書と製造実態との比較的僅かな違いによる(自主)回収や行政処分のような「世界の常識外れ」の規制を改めるのに最善の方であるということである。

 私自身、4年前に(一財)レギュラトリーサイエンス財団の役員を辞めてから、小さな民間企業で(若干ではあるが)米欧等の世界ではあまり問題になっていないのに日本では大きな問題になっている、あるいは日本に導入しようとすると規制面などから障害に直面するというような事例を実際に見て来た。また、日本の規制の非常に非効率な点、何故こんな細かいことを問題にするのか、何故規制をしているのかの本質を見ていないのではないかと感じることが多くあった

 もちろん外国企業や日本子会社側の認識不足や努力不足、PMDA 審査部門等のそれをカバーしようとする努力がない訳ではない(PMDAはその立場故か、「こういう便法がありますよ」的な「親切な」アドバイスも結構あるという)、あるいはそれらの要因が大きい場合もある。しかし、限られた範囲や経験が基ではあるが、日本の薬事規制は、申請資料の大まかな類型などは米欧とさほど違っていないが、それこそあまり好きではない言葉だが「レギュラトリーサイエンス」「規制の精神」の面から見ると「芯のところでおかしいのではないか」との思いは深まるばかりである。

 先に挙げた承認書と製造実態の比較的に小さな違いを問題にする態度、いわゆる自動車のスピード違反で1kmや5~10kmオーバーを問題にするような態度に如実にそれは現れている。しかも、文化的・歴史的などの原因で、その「理不尽な規制の犠牲者」たる民間企業側がなかなか声を上げられない状況が、この大きな問題の解決を一層困難にしている。

 薬系技官経験者が民間企業で働き、しかもここに書いたような米欧と日本の規制や考え方の違いに遭遇するケースがどの程度あるか不明だが、私は多くの場合、その違いや日本の規制について深く考えることなく、「仕方がない」で済ましている場合が多いように感じる。


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